繕い裁つ人

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使う人のことを想い、寄り沿いながらものづくりをする人は、使う人の生き方そのものや人とのつながりをつくっている。私も常々、似たようなことを考えながら仕事に取り組んでいる。デザインは使う人との接点だけではなく、その前後を含めたフロー、つまり生活をつくるものだと考えるからだ。

映画「繕い裁つ人」は、九月の連休前にレンタルして観た。ちょうど仕事帰りにツタヤに立ち寄っているとき、友人からメッセージで、きっと好きだと思うからとすすめてもらったのがきっかけだった。

この映画の主人公も、受け継いだものに惑わされながら、洋服を着る人の人生そのものをつくっている。特に良いなと思ったのは、とても音を大切にしていることだ。大切というよりは音を利用して主人公の感情や仕事に対する意識をうまく表現している映画だと思った。大きなうごきの中にも丁寧さが見えて独特の緊張を感じる。

人には、これはずっとのこしていきたいと思うものがあると思う。私もこの歳になっていろいろなものを伝え受けたり、なにかものを増やすときに「これはずっと先も使い続けたいと思うものなのか」という意識を持って選ぶようになった。その意味を知ったのも、流行りものを追って、次々と切り換えていくということを選んで経験してきたからなので、どちらが良いというものではないと思う。

映画の中に登場するチーズケーキがとても魅力的だった。特に主人公がフォークをケーキに差し込み、すくう音が忘れられず、公開されているレシピで作ってみたが、見事に失敗した。お菓子作りは分量と手順を間違えなければ失敗しないと言うけれど、ケーキとしてはひどく、オムレツとしてはなかなかの見栄えという出来に、自分自身に足りない丁寧さの気付きと、新たな挑戦の楽しみを得た気がした。